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zoom RSS 強引なドリブルも、時には正視に堪えられぬ ―旭屋書店閉店について―

<<   作成日時 : 2008/04/21 23:48   >>

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ゲンダイの記者(想像図)



任天堂栄えて本屋潰れる 旭屋書店閉店の衝撃度
http://news.livedoor.com/article/detail/3606836/


この記事は「流石、ゲンダイだなぁ…」と思えるくらいあまりにも夕刊ゲンダイ的な内容。
なので、ニュースとしての価値よりも、未だこの価値観がマスコミを大手を振って歩き、
記事にしちゃっても別に問題は無いという現状を示す事件として価値が高い。


内容は1行でまとめると
「ゲームとネットのせいでバカになるよ?」

…本屋がどうなろうが、本質関係無い内容。




僕は、この記者の気持ちがわかるような気がする。

1970年代。
思想に塗れた本を貪るように読んで、大学で同志を見つけて確信へと。
革命の残り火の匂いを嗅いで志を持ち、挫折し傷つきながらもあきらめきれず
マスコミに身を置いて現政権等の気に食わないものを、悪と断じて書き散らす日々。

そんな中、自分には理解が出来ないネットの価値・意味。
恐れ、無理解が憎しみに高じるのはそう長くない。


そして、機を見て叩く。

心が、晴れる。


自分が恐れるもの、自分と同世代が理解できないものを
考察無く繋げ、真の解決は等二の次三の次に、叩く。




あまりにも、人間的な。
きっと情のある50代後半だろうか。

いや、だとすると70年代にってのも無理があるか。
まあ、いいや。




何故本屋が潰れるのか。
それに、はさまざまな理由がある。

でも社会がこうも変化して本屋が安牌なわけがない。
本の一番の中身たるテクストが、こうも電子化され
ネットを通じて配布される時代に、旧態依然で通じるわけが無い。

ビレッジバンガードやさらなる大型店舗のような
変化や特徴を持って、まだ元気の良い本屋はあるさ。


そして情報に塗れた現代こそ、情報をどう取捨選択するか
分解連結するかを考える事を基本とした時代に向かっている。

記者の言う知の荒廃も、彼にとっては本を読んで得られる
モノだけが知ならば、確かに荒廃と言える。可哀相だが。



本は好きだ。
本屋も好きだ。
昔ながらの本屋も好きだ。

そして、「昔ながら」を変えられぬ本屋は
老兵の様に背中を張って退場する姿が見たい。




こんな醜い記事で、本屋の有り様の変化を
汚されたくはない。

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書店で買うことの意義
このところ大いに気になっていることがある。それは、旭屋書店がぽつりぽつりと支店を閉めていることだ。旭屋書店といえば、わたしが人生で最もたくさん利用した本屋さんの一つだ。大阪・梅田の本店は、わたしにとって“ゆりかご”のような空間だった。ちなみに2009年9月22日時点のWikipedeiaをみると、閉鎖・閉店が続いている。ネットダイレクト旭屋書店(2007年12月、オンライン書店市場から撤退)、近鉄 ...続きを見る
論駄な日々
2009/09/27 06:25

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